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東京地方裁判所 平成元年(ワ)14236号 判決

原告

株式会社第一勧銀ハウジング・センター

右代表者代表取締役

後藤寛

右訴訟代理人弁護士

尾﨑昭夫

川上泰三

額田洋一

右訴訟復代理人弁護士

新保義隆

被告

福住衛

右訴訟代理人弁護士

森本絋章

右訴訟復代理人弁護士

樫八重真

被告補助参加人

小郷建設株式会社

右代表者代表取締役

小郷利夫

被告補助参加人

株式会社東京企画

右代表者代表取締役

小郷栄子

右二名訴訟代理人弁護士

小山晴樹

渡辺実

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二二一九万三六六〇円及び内金二二〇〇万円に対する昭和五九年七月二三日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文のとおり

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五九年六月一八日、被告に対し、金二二〇〇万円を以下の定めで貸し渡した(以下「本件貸付契約」という。)。

①弁済期 昭和五九年七月二二日以降毎月二二日(最終弁済期は昭和八四年六月二二日)

②利率 月利0.765パーセント(年9.18パーセント)

③返済方法 毎月二二日限り元利均等返済方式にて、元利金一八万七三四二円宛支払う

④特約 被告が元利金の弁済を一回でも怠ったときは当然に期限の利益を喪失する

⑤損害金 年一四パーセント(年三六五日の日割計算)

2  被告が元利金の支払いをしないままに第一回の弁済期日である昭和五九年七月二二日が経過したので、これをもって被告は期限の利益を喪失した。

3  よって、原告は、被告に対し、貸金返還請求権に基づき、元利金合計二二一九万三六六〇円及び内元金二二〇〇万円に対する昭和五九年七月二三日から完済に至るまで年一四パーセントの割合による金員の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は否認する。

三  抗弁

1  (消滅時効の援用)

(一) 原告は住宅ローン貸付を業とする株式会社である。

(二) 被告は第一回の弁済期日である昭和五九年七月二二日に弁済をしなかったので、同日期限の利益を喪失し、それから五年後の平成元年七月二二日の経過をもって本件貸付契約に基づく貸金(以下「本件貸金」という。)の返還債務の消滅時効が完成した。

(三) 補助参加人らは、原告に対し、平成元年一二月一一日の本件第一回口頭弁論期日において、右消滅時効を援用する旨の意思表示をした。被告は、本件第二回口頭弁論期日以降において、補助参加人の右行為に対し異議を述べなかった。

2  (相殺)

(一) 被告は、訴外株式会社都市開発(以下「訴外会社」という。)との間で、不動産を代金二七八〇万円で購入する旨の売買契約を締結し、この購入資金に充てるため、原告との間で本件貸付契約を締結した。

(二) 原告の従業員であった伊藤九州男(以下「伊藤」という。)は、本件貸金を被告の銀行口座に振り込む際、被告に対し、前項の被告購入の物件の登記関係書類が揃ったら訴外会社に本件貸金を支払うことにして原告に対する抵当権設定登記を確保したい旨申し向け、被告から、同額の払戻請求書を預かった。しかし、被告から払戻請求書を預かったのは、本件貸金を他の目的に流用することを可能にするためであった。

原告が本件貸金を他の目的に流用してしまったため、被告は購入した不動産を取得することができず、その売買代金額二七八〇万円相当の損害を受けた。したがって、被告は原告に対し、不法行為に基づく二七八〇万円の損害賠償請求権を有する。

(三) 補助参加人らは、原告に対し、平成元年一二月一一日の本件第一回口頭弁論期日において、被告の原告に対する前記不法行為に基づく損害賠償請求権と、本件貸金返還債務とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。被告は、第二回口頭弁論期日以降において、補助参加人の右行為に対し異議を述べなかった。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実は認める

2  抗弁2(一)の事実は認めるが、同(二)の事実は否認する。

五  再抗弁

1  (時効中断-根抵当権実行に基づく差押えによる中断)

(一) 訴外会社は、原告との間で、不動産を訴外会社から購入あるいは仲介を受けて購入する者(以下「ユーザー」という。)が原告からその購入資金を借り入れる場合に、ユーザーの貸金返還債務を同人と連帯して保証する旨の基本契約を締結し、その際、個々の保証債務は原告とユーザー間の融資が実行された場合に成立する旨合意した。被告は右にいうユーザーであり、本件貸付契約はその購入資金を借りるためのものであるから、本件貸付契約締結の昭和五九年六月一八日に、被告の本件貸金返還債務を被告と連帯して保証する旨を内容とする訴外会社の連帯保証債務(以下「本件連帯保証債務」という。)が成立した。

原告と補助参加人らは、昭和五九年二月九日、訴外会社の原告に対する本件連帯保証債務を被担保債権として、補助参加人ら所有の不動産に、極度額一億一〇〇〇万円の根抵当権を設定したので、原告は、右根抵当権に基づき、不動産競売の申立てをして競売開始決定を受け、その決定は、同年一一月一四日及び同年一二月二八日に訴外会社に送達された。その後、右不動産競売事件は抵当権実行停止の仮処分命令により進行を停止されたが、なお係属中である。

右の事実によれば、本件連帯保証債務の消滅時効は差押えにより中断したが、右差押えは、「裁判上の請求」にも該当するので、連帯保証人に対する裁判上の請求が主たる債務者に対しても効力を有する結果、主たる債務である本件貸金返還債務の消滅時効も裁判上の請求により確定的に中断している。そして、競売事件が係属中であるから、右中断の効力も維持継続されている。

(二) 仮にそのように解されないとしても、前記事実は連帯保証人に対する履行請求の意思の通知と評価されるものであるから、「裁判上の催告」と解することができる。連帯保証人に対する催告は主たる債務者に対しても効力を有するので、主たる債務者たる被告に対し催告としての時効中断効が生じている。そして、当該競売事件の係属中に裁判上の請求たる本件訴を提起しているのであるから、本件貸金返還債務の消滅時効の効力は確定的に中断されたものである。

2  (時効中断-裁判上の請求に準ずる応訴による中断)

(一) 補助参加人らは、昭和六〇年四月九日、東京地方裁判所に対し、原告を相手方として土地建物根抵当権設定登記抹消登記手続請求の訴を提起した。原告は直ちに応訴し、請求棄却を求めると共に、被告に対する本件貸金返還債務及び訴外会社の連帯保証債務並びに補助参加人らの物上保証債務をそれぞれ主張立証した。

右の事実は、裁判上の請求に準ずる時効中断の効果を有するものと評価でき、これにより、本件貸金返還債務の消滅時効の効力は時効により中断している。

(二) 仮にそのように解されないとしても、前記2(一)の事実は被告に対する履行請求の意思の通知と評価されるものであるから、前記1(二)同様、裁判上の催告として、主債務者たる被告にも効力が生じており、本訴訟提起をもって本件貸金返還債務の消滅時効は確定的に中断されている。

3  (時効中断-承認)

前記2の別件訴訟における和解交渉中、補助参加人らは、原告に対し、被告の主債務(本件貸金返還債務)、連帯保証人たる訴外会社の本件連帯保証債務の存在を認め、支払の猶予を求めた。

右の事実は、本件貸金返還債務を承認したものと評価されるのであり、これにより、本件貸金返還債務の消滅時効の効力は中断された。

4  (時効援用は禁反言、信義誠実の原則により許されない、ないし権利濫用にあたる)

前記3の事実によれば、補助参加人らが主債務者の本件貸金返還債務の消滅時効を援用することは、禁反言ないし信義誠実の原則から、あるいは権利の濫用として許されない。また、連帯関係にある被告も消滅時効の援用が許されない制約に服すべきである。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1及び2の各事実は明らかに争わない。ただし、その法的評価は争う。

2  再抗弁3及び4の各事実は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1について

〈書証番号略〉によれば、請求原因1の本件貸付契約の合意の存在及びそれに基づく金員が第一勧業信用組合目白支店の被告名義の普通預金口座に振り込まれていることが認められる。この点、補助参加人らは、本件貸付契約の合意の際、原告が被告より払戻請求書を預かり支配していたので、被告に対する本件貸金の交付があったとは評価できないと主張し、〈書証番号略〉によれば原告が被告から払戻請求書を預かっていたことが推認される。しかし、払戻請求書が原告の手元にあったとしても、被告は自己の口座から払戻を受ける権利を失うものではなく、このことをもって本件貸金の交付がなかったということはできない。したがって、請求原因第一項の本件貸付契約の存在を認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

二抗弁1について

抗弁1(一)の事実は当事者間に争いはなく、同(二)(三)の事実は裁判所に顕著であるから、本件貸金返還債務についての消滅時効の抗弁が認められる。

三再抗弁について

1(一)  これに対し、原告は、再抗弁として、まず、根抵当権実行に基づく差押えによる時効中断を主張する(再抗弁1)ので、以下、検討する。

(二)  原告が、本件連帯保証債務を被担保債権とする根抵当権の実行として競売の申立てをして競売開始決定を受け、その開始決定正本が本件連帯保証債務の債務者たる訴外会社に送達されたこと、その後、競売手続は停止されたものの、競売事件は係属中であることについては、当事者間に争いはない。原告は、これら事実をもって、本件連帯保証債務に対する裁判上の請求あるいは裁判上の催告があったと評価できるから、それは主債務者である被告にも効力が及び、その結果、主債務たる本件貸金返還債務の消滅時効について中断の効力が生じていると主張する。

(三) 民法は、時効の中断事由として、「請求」、「差押、仮差押又ハ仮処分」(以下「差押等」という。)及び「承認」の三類型に分けてそれぞれを独立して規定している(一四七条)が、差押等が時効中断事由とされた趣旨は、差押等が権利の現実的実行行為であり、その前提として権利の存在がある程度公にされることに基づくものであり(したがっていずれも取り消されれば効力がなくなる。)、請求とは別個に規定された趣旨は、差押等が必ずしも裁判上の請求のあったことを前提とするものではなく、また、判決があってもその時から時効が進行するからである。すなわち、差押等が請求とは異なるが故に別個の時効中断事由とされているのであるから、「差押」をもって当然に「裁判上の請求」ということはできない。また、連帯保証人と主債務者との絶対効が生じる事由は限定列挙されており、「差押」が「履行ノ請求」(四五八条、四三四条)に該当しないことも明らかである。

ところで、時効の中断は、権利者による権利実行行為あるいは義務者による義務承認行為があった場合、権利あるいは義務の存在が明らかになることから認められるものであり、その意味では差押えも権利者による権利実行行為であり、義務者に義務の履行を請求する意思を包含する行為であると見ることも可能である。しかし、請求は一般に債務者などの義務者に対する直接的な権利実現を求める行為であるのに対し、差押えは、債務者などの義務者に対する請求とは異なり、権利者の権利を差押えの対象となる物又は権利から実現しようとする行為である。特に金銭債務によって物上保証人や抵当不動産の第三取得者などの不動産を差し押さえる場合、これらの者は債務は負担しておらず、もっぱら差押えの対象となる不動産の限度において責任を負担しているに過ぎないのであるから、これらの者を相手方とする差押手続においては、通常、相手方の行為によって権利の実現を図ろうとする意思は債権者にはなく、当該差押対象の交換価値を換価手続により実現する意思を有するにとどまるのである。したがって、差押行為は当然に義務者に義務の履行を請求する意思を包含すると言うことはできない。それは請求や催告とは基本的に異なる制度である。差押等が連帯債務者相互間において相対効しかないものとされ、時効の利益を受ける者でない者に対して差押等がされたときは、時効の利益を受ける者に通知しないと時効中断の効力が生じないとされている(一五五条)のも、このような制度的な差異があるからである。そして時効の利益を受ける者に対する通知が必要なのは、時効が中断することによって不利益を受ける者にその事実を知らせておく必要があり、かつ、知らない間に中断の効果を発生させるのは相当でないとの考え方によるものであって、差押えの事実の通知には差押えをする者の主観を含む意義はないと解すべきである。

そのことは、民法制定当時は予想されていなかった担保権の実行による差押えでも同様であり(担保権実行による競売手続においても差押えに準じて時効中断効が解釈上認められていた。)、競売開始決定正本が債務者に送達されるのも、これによって差押えの事実を通知し、もって差押えによる時効中断効を発生させ、併せて手続きへの関与の機会を与えるためのものであって請求を意図したものではない。

(四) 結局、根抵当権実行に基づく差押えをもって、裁判上の請求あるいは裁判上の催告があったと解することはできないから、これによって本件貸金返還債務の消滅時効の中断は認められない。

2(一)  原告は、また、再抗弁として別件訴訟における原告の応訴による時効中断を主張する(再抗弁2)ので、検討する。

(二)  時効中断事由である裁判上の請求とは、裁判上で権利の存在を主張することと解されており、それは相手方の提起した訴に応訴することも含まれる。しかし、請求は債務者に対してされなければならないところ、別件訴訟は本件での補助参加人らが原告に対して請求している事案であり、そこでの応訴をもって本件貸金返還債務の債務者である被告あるいは本件連帯保証債務の債務者である訴外会社に対する権利主張と解することはできない。そして、同様に、催告も債務者に対する権利主張の意思の通知であるから、前記応訴をもって催告と解することもできない。

(三)  この点、原告は、補助参加人らと訴外会社が役員を共通にして深い取引関係にあったこと及び被告が訴外会社に対して本件貸付の名義貸しをしていたことが推認されることを挙げ、補助参加人ら、訴外会社及び被告は一体関係にあったので補助参加人に対する権利主張は訴外会社あるいは被告に対する権利主張と解することができると主張する。

〈書証番号略〉によれば、補助参加人らと訴外会社が役員を共通にしていたことは認められるが、他に原告が主張する各事実を認めるに足りる証拠はなく、仮に、これらが認められるとしても、親族関係にあるような場合ならともかく、取引上密接な関係にあるというだけでは、前記のような効果を認めることはできない。

(四)  したがって、別件訴訟での原告の応訴によって、本件貸金返還債務の消滅時効が中断されたと認めることはできない。

3(一)  原告は、さらに、別件訴訟における和解交渉中の補助参加人らの債務承認行為による時効中断(再抗弁3)、あるいは、右事実に基づくと本件において消滅時効を援用することは、禁反言、信義誠実の原則ないし権利濫用にあたり許されない(再抗弁4)旨を主張するので検討すると、原告の主張するのは、結局、別件訴訟において補助参加人らが和解に応ずる態度を見せたというものであり、それが認められるとしても、補助参加人らは債務自体を負っているわけではなく、和解の結果如何では問題となっている物上保証の履行としてではなく和解金として金銭が支払われることもあるのであるから、これをもって、本件貸金返還債務の存在を認めたと評価することはできない。別件訴訟において、本件での被告または訴外会社についてのそのような態度も認められないのであるから、この点においても、債務承認行為を認めることはできない。また、この事実を前提としても、本件において消滅時効を援用することが禁反言、信義誠実の原則ないし権利濫用になると解することはできない。

(二)  したがって、承認による時効中断を認めることはできないし、被告の消滅時効援用が禁反言、信義誠実の原則から、あるいは権利濫用として許されないということはできない。

4  結局、いずれの再抗弁も採用することができない。

四以上から、原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官荒井眞治 裁判官大塚正之 裁判官渡邊真紀)

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